この演題は第45回全国国保地域医療学会@札幌で発表しました。2005年9月9日

(後からの質問などもあり、わかりよいように修正しています)

保健・医療・福祉の統合(地域包括ケア)を目指した結果できたもの


滋賀県・米原市国民健康保険伊吹診療所
畑野秀樹 伊富貴栄子 水上幸子 山田紀子
吉槻診療所  中村泰之

目的

 現在、全国の市町村で合併という問題に直面しており、国保診療施設もいろんな苦難に直面しているようです。今回、滋賀県米原市において、市町村合併に伴う、国保診療所の問題点を取り上げ、地域包括ケア実践のための解決法を探ることとしました。結果的に「地域包括ケアセンター」ができることになりましたが、国保直診の理念を施設運営に生かしたいと思います。この公設民営という運営方針を選択したことは、全国の中で、今後の国保直診のひとつのモデルになるのではないかと考えます。

はじめに

平成17年2月、伊吹町を含む3町が合併して米原市となりました。新市になり地域包括ケアを進めるに当たって、合併したことでいろんな困難に直面しています。

●旧伊吹町の概要
人口6,000人、高齢化率 25%。2つの国保診療所と、2つの出張所。小さいながらも保健・医療・福祉の連携を模索してきました。一人当たり高齢者医療費は、県下でも最も低いクラスです(平成15年度は、県下で最も低くなりました)。

●新)米原市の概要
人口32,000人、高齢化率23.5%。10月に合併する近江町も合わせ3つの国保直診が閉院ないし開業されました(国保直診が3つなくなりました)。現在11の開業医と、4つの国保直診(歯科を除く)が市内にあります。


合併による国保直診の戸惑い 

合併しまだ半年ですが、戸惑うことばかりです。

1)行政機構の再編に伴い、直診の存在が「おらが村の診療所」から、市の一医療機関へと変化しました。

 これにより市長との距離が遠くなり、まちづくりの意見が通りにくくなったことを実感します。例えば、昨年までは坂田郡4つの町長が、この全国国保地域医療学会の首長サミットに参加され、保健や医療、福祉の連携や統合が、住民サービスにとって大変に重要である認識を持たれていました。しかし今年は、合併という大事な年でもあり、衆議院選挙という間近に迫った問題があり、来ていただくのは困難だったと思われますが、このような学会に首長が来ていただけるということが、首長の「まちづくり」に対する姿勢を反映しています。これは全国のどの首長・診療施設長に聞いても共通の認識です。

2)診療所の予算書がなかなか見せてもらえませんでした。

 合併初期の混乱のためか、出先機関として忘れられた存在になったのか定かではありません。また単独では黒字会計のはずなのに、診療所会計の全ての部分で予算カットされました。このような学会参加も、一時は発表者ではないと参加できないという話も一時出ていたほどです。幸いに、一同で参加できたことは、市の理解があったものと思われます。

3)各診療所別の決算が見えなくなりました。

 リストラによる職員削除のため、直診勘定がまとめられ、各診療所別の決算が出なくなりました。そのため直診の発言力の低下を強く感じています。またまとめられてしまったことが、診療所の経営に対しての意欲をそいでいます。

4)見積の統一による業務の煩雑化。

 例えば、薬の見積を統一しましたが、各診療所ごとに薬剤名、包装単位、用量などが異なり、結果的に見積った薬剤の種類が非常に増えてしまいました。(300種類→1000種類) 滋賀県内の他の市においても、書類の整理や提出が非常に多くなり、本来の仕事である診療に支障をきたしているとのことでした。

5)健康づくり活動に対するビジョンが見えなくなりました。

 旧町においては、直診がリーダーシップを取れていましたが、新市になって保健と医療・福祉が縦割りとなりバラバラになりました。これは他町においては、普通のことであるのかもしれません。また、保健師が中央に取られてしまい、非常に大切に感じていた保健との連携が取りにくくなりました。
 本来は、町の健康に対しては保健師が窓口となって、住民の安心を支えてきましたが、保健師が各出先機関にいなくなると、住民の健康についての相談がしにくくなることを心配しています。住民の健康を守ることが保健師の大事な指命であり、医療と連携を取ることによって、疾病の予防を図ることができます。その結果として、住民の社会的資源を生かすことができ、市の税収などを含む「元気度」を上げることができると考えられます。

6)市職員が目の前の問題に追われています(さしあたって10月の第2次合併)

 直診の管轄も健康福祉部から市民部へ移行し、ますます、保健や福祉との連携を阻害する可能性があります。本来は、保健と医療と福祉が統合することによって、有機的に住民へのサービスが提供できるはずですが、逆の方向に進んでいます(合併初期の混乱期のためと信じたいと思います)。


 現実に合併してみて6ヶ月、このような市町村合併による逆風を感じていますが、これらの問題は吸収される側となる小さな町としては予想されていました。すでに平成8年頃から、保健・医療・福祉は統合すべきという意見は共通課題として遡上に挙がっていましたが、合併してからも、この小さな人口の地域を、住民が住みよい町と感じてもらえるような体制を作るべく、数年前から地域包括ケアセンター構想が進められてきました。

平成14年度に、

伊吹町地域包括ケア整備基本計画構想策定され、
医療・福祉・保健の3機能が、連続性を持つ施設整備として、保健福祉センター『愛らんど』に併設して、診療所+老健の複合施設が計画されました。

平成16年度に、 

地域包括ケアセンター開設準備室が設置され、
自治医大の同窓生団体である(社)地域医療振興協会が指定管理者の指定を受け 合併直前に管理運営協定が締結されました。
そして、2月に3町が合併し米原市が誕生しました。


地域包括ケアセンターいぶきの完成予定図です。


1階図面です

2階図面です

この施設の概念図です

この施設は、医師3名の統合診療所とし、現在ある4つの診療施設を出張として継続させます。またリハビリに力を入れ、機能回復のリハビリ、介護予防のためのリハビリなどを行い、同時に通所リハビリ(定員30名)を行います。これまでなかった入所施設として、老人保健施設(定員60床)を作り、ショートステイができるようにします。従来通り、訪問看護や訪問診療にも力を入れます。また、地域医療を担う学生や研修医の受け皿としての機能を持たせる予定です。


地域医療とは


1.その地域を愛し、誇りを持つこと

2.医療者のための医療ではなく、住民に喜ばれ評価される医療であること

3.行政と仲よくすること

4.地域包括医療を展開すること

5.医療を通して地域社会(まちづくり)に貢献すること

[上記の概念は宮城県涌谷町町民医療福祉センター 青沼孝徳先生の記述を引用しました]

上記の国保の理念を大切に継続し、地域包括ケアセンターいぶきの運営に生かしたいと考えています。


地域包括ケアセンターいぶきの運営方針


1.既存の保健福祉センターへの併設による保健・医療・福祉の包括的管理を行います。

 地域の保健医療福祉におけるコア(核)と位置づけ、質の高い効率的な運営を目指します。また、居宅介護事業所を設置し、入所者のスムーズな在宅復帰を支援し、在宅サービスの充実を図ります。また、近隣病院との機能分担を図り、入院が必要な急性期は病院で、亜急性期〜慢性期をケアセンターが受け持ちます。

 今後、まちを元気にしていくためには、保健活動が重要であり、働き盛りの現在の30歳〜50歳代の層が元気である必要があります。この年代が、内臓肥満をはじめとする糖尿病・高血圧・高脂血症といったメタボリックシンドロームになっている人が多く、この人達が高齢者になった時にかかる医療費や介護費は莫大になる可能性をはらんでいます。まちづくりの基本は「元気な住民」によってできるわけであり、地域包括ケアセンターにおいては市の保健活動と密接に連携して取り組むべきと考えます。

2.リハビリ機能の強化

 診療所に専門リハビリ室を完備してリハビリテーションの充実を図り、さらに訪問リハビリなどのサービス提供を目指します。(PT2名以上、OT1名)

3.在宅復帰へ向けた機能強化・連携強化

 この施設の基本的なコンセプトは、「家に帰すこと」「安心して地域で住めること」にあります。介護老人保健施設(60床、うちショート10床)においてもリハビリテーションの充実を図り、入所者の在宅復帰に努めます。居宅介護支援事務所を設置し、在宅サービス利用における環境整備支援に努めます。また、訪問診療・訪問看護は継続して力を注ぎ、在宅医療・在宅ケアを支えたいと思います。

4.公設民営方式での運営

 施設経営の安定や患者サービスの充実などに、民間の持っているコストパフォーマンス、専門性を生かすため、公設民営方式とし、運営実績のある(社)地域医療振興協会を指定管理者として指名しました。
 国保として残ることは行政との一体化というメリットはありますが、住民サービスへの質の維持が保証できないこと、人事などの固定化を招くこと(自由度がききにくい)、会計上の赤字でも旧態依然の診療体制が続く可能性があるなど、公務員であるデメリットを、民間のノウハウでカバーできるのではないかと考えています。もちろん民営方式ですので、初年度は別として、赤字会計を続けることはできません。

5.診療所の運営は、医師3名体制・無床とします。

 ケアセンターいぶきを核にして、現在の4施設(吉槻診療所、伊吹診療所、板並出張所、大久保出張所)は出張所として継続します。これについては、国保施設として存続ができないか模索しています。現在県と交渉中であり、今回の発表後、多数の影響力のある先生から「国保として残せる。一緒にやっていこう」という言葉をいただきました。

6.地域医療を目指す若い医師の育成

 施設内に診察室、スタッフルーム、会議室などを十分確保し、研修医や学生が研修できる配慮をします。琵琶湖の稚鮎(ちあゆ)のように、全国に放流できるくらいのことができればと考えています。すでに現在の診療所で研修された医師や学生が、全国で「伊吹で研修した」と言われるようにすこしずつなってきています。今回発表後も、北海道の若いドクターが、伊吹の後、今は北海道の診療所で仕事をしていますと言われ、一緒に食事をする機会を得ることができました。
 この施設が全国から評価を受けるということで、スタッフのマンネリ化を防ぐことができますし、スタッフのやる気を引き出すことが可能になると考えています。「米原市のいぶき」を全国に発信し、市の活性化、施設の活性化に役立つことを期待しています。


結語

 米原市において、地域包括ケアの実践のために、市町村合併の複雑な影響を受けながらも『地域包括ケアセンターいぶき』が来年4月オープンを目指して建設中です。公設民営となり、国保の施設として存続が可能なのかは確定していませんが、国保の理念を大事にしながら施設の運営・地域作りをしていきたいと思います。


もう一つの演題 

薬袋自動発行機を導入したことによる診療所業務の省略化
ー 患者サービスの向上を目指して ー