産経新聞 2014-10-16

http://www.sankei.com/life/news/141016/lif1410160013-n1.html


【ゆうゆうLife】穏やかに家で逝きたい…在宅看取り環境の整備の現場

 できる限り住み慣れた家で暮らし、穏やかに家で逝きたい-。多くの人の願いだが、住まいのある街に、どんな医療や介護の資源があるかによって高齢期の暮らし方は変わる。診療所と介護老人保健施設(老健)が在宅看取(みと)りを支える滋賀県米原市を訪ねた。(佐藤好美)

                   ◇

 夫が庭に植えたクリの木に、今年は多くの実がなった。米原市に住む山田君恵さん(74)はクリの実を拾ってペーストにし、プリンを作った。アルツハイマー型認知症の夫、重雄さん(77)に食べさせるためだ。

 重雄さんは最近、飲み込みの機能が衰え、ペースト食になった。要介護度は最重度の5。老々介護の負担は増したが、君恵さんは「やっぱり家で暮らすのが一番。畑の白菜や大根をミキサーにかけて、とろみをつけるだけで、会話の難しくなったお父さんが『ああ、うまっ』と言ってくれる。介護させてもらう者にしか分からん喜びです」と言う。

 夫の介護が始まったとき、主治医から「認知症の人に怒ってはいけない」と言われた。状態が悪くなるからだ。以来、「お父さん、お父さんと呼びかけて、とにかく褒めています。暴言があった時期もありましたが、今は仏様のように穏やかです」

 君恵さんにアドバイスをしたのは、診療所と老健などを併設する「地域包括ケアセンターいぶき」の畑野秀樹医師。とはいえ、家族も365日にこにこしてはいられない。重雄さんは隔週の1週間、いぶきの老健でショートステイを利用。翌週は家で過ごす。畑野医師は「介護ばかりの生活だと家族は疲れ、憎しみの気持ちさえ抱いてしまう。距離を置く時間は大切です」

 米原市は新幹線が止まる自治体だが、人口は約4万。市内には入院病床がないので、入院は車で20〜30分かけて隣の市へ行く。逆に、だから在宅医療が進んだ面もある。いぶきの診療所は、患者のSOSに24時間態勢で応える。地元住民の死亡の3割が家での看取りだ。

 畑野医師は、大抵の高齢者医療は家でもできると考えている。逆に入院すると、認知症が悪化したり、身体機能が落ちたりして、家での暮らしは難しくなる。「老衰や認知症やがん末期の人に救急車を呼ぶことを、誰も望んでいない。地域全体を病院と考えれば、家は病室。医者や看護師が家まで走ればいい。患者さんは、家にいるときの方が生き生きしているし、治りも早い」

 まずは、かかりつけ医が診て、必要なら病院に送る。いぶきの取り組みは実は、政府が進めようとする医療の機能分担の最先端を行く。畑野医師は「病院がない地域だから、なるべく入院せずに済むようにやってきたら、時代の方があってきましたね」と話している。

                   ◇

 ■独居や老々介護の支援 問われる行政の力量

 老健は本来、リハビリなどを行い、3カ月程度で家に帰すための介護保険施設だ。だが、特別養護老人ホームの空き待ちの場所になっているところも多い。

 いぶきの老健は、全国に7%しかない在宅復帰強化型の施設。入所者の平均要介護度は4に近いが、リハビリで状態改善をしたり、認知症が悪化した人の薬を調整したりして家に帰す。

 初期には家族から「入所期間が短すぎる」と不満も出た。だが、「入所が長引くと、本人の意欲も身体機能も落ちる。帰すめどが立たないと、スタッフも改善させる意欲を失う。家族に説明を繰り返して、みんなの支えがあるから家へ帰ろう、と思ってもらえるようになってきました」

 独居や老々世帯も多い。いぶきだけで在宅看取りを支えられるわけではない。

 市の社会福祉協議会は1日に複数回、短時間の訪問介護を行う。排泄(はいせつ)や食事などの生活ニーズに応えるためだ。

 高齢者が日中通うデイサービス事業所とも密な関係を築く。スタッフは「いぶきの先生たちは利用者さんの顔と名前が一致する。独居の利用者さんの具合が悪いときは本人と相談し、先生に電話でその日の訪問が可能かどうか聞くこともあります。朝まで1人にするのは心配なので」

 地域医療・介護総合確保推進法が成立し、市町村には来年度以降、「わが町の医療と介護」を作る仕事が求められている。

 米原市は先月、在宅医療の連携拠点の整備を決めた。これで、いぶきを中心に市全域で在宅医療の骨組みが見えた格好だ。

 これまで医療サービスを考えるのは、もっぱら都道府県の仕事。市町村にとって医療整備は未経験の仕事で、しかも、それを介護や福祉と結びつけなければならない。敬遠気味の市町村も多く、「健康部門と福祉部門が押し付け合いをしている」(関東地方の自治体職員)といわれる。

 米原市では、同市の福祉支援課が関係6課をまとめた。服部幸治課長補佐は「自治体は今後、医療との連携で力量が問われる。うちは市が小さいし、畑野先生がいたからできた面もある。だが、中山間地の自治体はどこも医師不足で苦労している」という。

 早々と骨組みが見えた自治体がある一方で、在宅医療を担う医師がいない中山間地もある。そういった地域の計画をどう作るか-。国や都道府県の支援の力量も問われる。